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医者になって良かったのは「人の死」を知れたこと

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「今日のダーリン」で出会ったある文章

 

ぼくは、よく「ほぼ日」というメディアサイトを開きます。
「ほぼ日」は「ほぼ日刊イトイ新聞」のことで、糸井重里さんが中心となり開設したサイトです。

そして特に好きなのが、糸井重里さんが毎日エッセイを書いている「今日のダーリン」というページです。ただ、このページはちょっと変わった構造になっています。二日前に書いたものは、もう見ることができないのです。今日と昨日分までは見ることができます。でもそれ以前のエッセイは見ることができません。

次々と新しい文章が生まれては消えるを繰り返している場が「今日のダーリン」です。

 

10月30日にこんな文章に出会いました。もう今は見れなくなっているので引用します。

なにを書こうか、ずっと迷っていた。書きたいこともいくつかあったし、書かなきゃなぁということもあった。書いておこうということもあった。どこから書き出しても、どれもちょっと死の匂いがする。ものごとは、みんなそうなのかもしれない。誕生と記すだけで、その裏地に死の刺繍が入る。たのしかったと言えば、その終わりが入れ替わる。死なないつもりで生きていられる時間は、かなり能天気な人で、60年くらいは続くのかしらん。それはそれで、いいんじゃないかなと思う。

いっそ、だれの話でもないことを書こう。人生100年時代に入っているとか言うけれど、これほど長生きの時代はいままでなかったわけで。歴史を遡れば、人生50年どころか、人生40年、30年という時代もあたりまえのようにあるし、15歳くらいまでしか生きなかった時代もあるようだ。

仮に、いまを生きているぼくらが、人生が30年の時代にいると考えるようになったら、一年、一月、一日というものの時間感覚は、どんなふうにちがってくるのだろうか。ただの想像でしかないけれど、早いうちからなにか役に立つことをさせられるだろうし、じぶんからも家族のなかの役割を果たそうとするだろう。そして、いまよりもずっと若くして結婚して、何人かのこどもを持つことになるのだろうと思う。そして、こどもが勝手に走り回れるようになると、そろそろじぶんの死を意識するのではなかろうか。つまり、20歳からの10年ほどは、もう死を予感している時間だということになる。…そうかな、ぼくの想像だけかもしれないが、父も、祖父も30歳で死んだという世界に住んでいたら、じぶんの死期も、そんなふうに意識するだろうよ。なんだか、こどもでいる時間が短そうだなぁ。青年でいる時間もずいぶん短そうだ。そして大人でいる時間も、うん、やっぱり短そうだ。いまと、ものすごいちがいがあるなぁ。ぼくはもう、その時代の人の2周以上を生きてきている(2018年10月30日「今日のダーリン」より引用)

 

「死」をテーマにしつつ、こんなにもストレートで、かつ優しく語った文章は初めてみたなぁと思いました。

そういえば、医者になって良かったと思えることが一つあります(一番良かったことと言ったほうがいいのかな)。

 

「人は死ぬ」という事実を知ったことです。

 

人はおそらく「死」というものに対し、いろんな形で知ることになります。
家族の死、友人の死、ペットの死・・・。

医者は患者さんによって知ることが多いです。

そしてぼくも、ある患者さんによって知ることになりました。

 

 

 

その人は人生を語り始めた

 

研修医の時、ある患者さんの担当医となりました。癌を患っており、すでに末期の状態でした。

ぼくの仕事は患者さんの痛みをとったり、お腹にたまった水を抜いたりと、対症療法を続けることでした。診察にいくと、いつも優しく迎え入れてくれてくれました。

しかし日に日に、弱っていくのを感じていました。

 

ある日、お腹に水がたまったから抜いてほしいと言われたので、いつものように面会に来ていた奥さんに部屋の外へ出てもらい処置を始めました。

 

すると、いつもとは違うトーンで患者さんが話し始めたんです。

 

「ぼくの人生はね。よかったなぁ」

ーどんな人生だったんですか

「ぼくはね。郵便局員だったんだよ。ずっと若いころから一本。楽しみはね。仕事から帰って妻とコーヒー飲みながら大好きなレコードを聴くことなんだ。今もだよ」

ー奥様は素敵な方ですね

「そうでしょ。自分には本当にもったいないんだよ。迷惑をかけ続けたなぁ。最初から最後まで。だいぶ楽になったよ。ありがとう」

 

たしかそんな会話だったと思います。

処置中、外で待っていた奥さんに「自分にはもったいない、と言っていましたよ」と、こそっと伝えると嬉しそうに部屋に入っていきました。

その目は涙で潤んでいました。

 

そして数日後、患者さんは亡くなりました。

 

 

 

「人は死ぬ」ことを考えるきっかけを与えるのが教育

 

ぼくは患者さんによって「人が1つの人生を終えること」を知りました。
大事な人との時間、自分が人生で成し遂げたいこと。時間は命であること。

人生はあっという間です。いつ何が起こるかわかりません。

中学、高校から常にそんなことを考えて生きてきました。けれど本当に心から意識したのは、患者さんと出会ってからでした。患者さんに教わりました。

 

自分の人生と向き合うきっかけって、早ければ早いほうがいいです。
でもそんな機会はなかなかありません。

 

教育って本来、そんな貴重な機会を提供する場なんじゃないかなと常々思っています。だからこそStudy Bankが少しでも、多くの人にとって何らかのきっかけの場所になれたら素敵だなぁって思っています。

 

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